ある患者:医療過疎地での診療風景
- 2013/12/30
- 22:49
私の勤務する診療所は人口密度の低い土地にあり、そのあたりは高齢者が多く、高齢者は交通手段を持たない。従って、診療所からそれほど遠くないところに居住する人たちが主な患者だ。そして私が昼間、週二日しかいないので、診る患者は必然的に慢性疾患、俗に言う生活習慣病の患者だ。高血圧、高脂血症、糖尿病、骨粗鬆症がほとんどだ。それに数人の高尿酸血症と難治性のめまいを抱える人たちがいる。私は彼らを振り分けて、4週間または5週間に一度来院するように計画を立てている。
日本海の海岸から山間部にかけての集落だから、大量の雪が降る。冬の雪かきはつらかろうと思う。とくに若者がいなくなった後の集落に独居する高齢者が1mを超える雪を処理するのは不可能といっていい。そんな彼らは自らを守るためにどうするか。養護施設のようなところに(正確にはどんなところか知らない)、冬の間だけ短期間入所する。そして自宅周辺の雪かき、そして屋根の雪下ろしの苦役を逃れるのだ。中には親戚が近隣にいて冬季だけそこに緊急避難する人もいる。そんな高齢者たちが私の患者であり話相手でもある。だから彼らが施設で冬を越すための『意見書』なるものを秋が深まる頃からよく書くようになる。
その日もそうした人たちの話を根気よく聞いて、何らかのアドバイスをしたり、私の考えを述べたり、彼らの暮らしぶりに対するアドバイスなどをして、時を過ごしていた。もちろん降圧剤とか、血糖降下剤、脂質代謝完全剤などを処方するのだが、それだけでは終わらない。私を相手に、世間話をしないではいられないのだ。私はその地域に雇われた立場で、患者をどれだけ診たかによって所得に違いが出るわけではない。それに一日に診る患者の数は30人を超えることがないので、時間はたっぷりある。だから彼らの話を根気よく聞く。
高血圧、糖尿病、骨粗鬆症を持つやがて100歳になろうというお婆さんが「この冬は越せないような気がする」と言う。いつお迎えが来てもいいんだけど、などと言い添える。「そんなことはないよ。なんかあったら私が閻魔さんに掛け合ってもう一度こっちに戻してもらうよ」と多少冗談ぽく答えた。そのお婆さんが右手を前に出した。しわだらけのその手を見て「苦労をしてきたんだね」と言おうとして、はっと思いとどまる。彼女は私に指切りゲンマンを要求していたのだ。私も右手の小指を出して彼女と指切りをした。その時彼女はやや照れたような微笑みを浮かべていた。
高齢になると、やや先祖帰りするのか、彼女の心は童心に還っているようだった。といっても認知症気味というわけではなく、常識という制約から自由になってきているように見えた。今から80年ほど前、彼女は村の若者とこのような魅力的な微笑みを浮かべてはにかみながら会話を楽しんでいたのだろうか。若かりし日の彼女に乾杯。
日本海の海岸から山間部にかけての集落だから、大量の雪が降る。冬の雪かきはつらかろうと思う。とくに若者がいなくなった後の集落に独居する高齢者が1mを超える雪を処理するのは不可能といっていい。そんな彼らは自らを守るためにどうするか。養護施設のようなところに(正確にはどんなところか知らない)、冬の間だけ短期間入所する。そして自宅周辺の雪かき、そして屋根の雪下ろしの苦役を逃れるのだ。中には親戚が近隣にいて冬季だけそこに緊急避難する人もいる。そんな高齢者たちが私の患者であり話相手でもある。だから彼らが施設で冬を越すための『意見書』なるものを秋が深まる頃からよく書くようになる。
その日もそうした人たちの話を根気よく聞いて、何らかのアドバイスをしたり、私の考えを述べたり、彼らの暮らしぶりに対するアドバイスなどをして、時を過ごしていた。もちろん降圧剤とか、血糖降下剤、脂質代謝完全剤などを処方するのだが、それだけでは終わらない。私を相手に、世間話をしないではいられないのだ。私はその地域に雇われた立場で、患者をどれだけ診たかによって所得に違いが出るわけではない。それに一日に診る患者の数は30人を超えることがないので、時間はたっぷりある。だから彼らの話を根気よく聞く。
高血圧、糖尿病、骨粗鬆症を持つやがて100歳になろうというお婆さんが「この冬は越せないような気がする」と言う。いつお迎えが来てもいいんだけど、などと言い添える。「そんなことはないよ。なんかあったら私が閻魔さんに掛け合ってもう一度こっちに戻してもらうよ」と多少冗談ぽく答えた。そのお婆さんが右手を前に出した。しわだらけのその手を見て「苦労をしてきたんだね」と言おうとして、はっと思いとどまる。彼女は私に指切りゲンマンを要求していたのだ。私も右手の小指を出して彼女と指切りをした。その時彼女はやや照れたような微笑みを浮かべていた。
高齢になると、やや先祖帰りするのか、彼女の心は童心に還っているようだった。といっても認知症気味というわけではなく、常識という制約から自由になってきているように見えた。今から80年ほど前、彼女は村の若者とこのような魅力的な微笑みを浮かべてはにかみながら会話を楽しんでいたのだろうか。若かりし日の彼女に乾杯。
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