私の第一子が大学生だった頃、彼女は貧乏なりに海外旅行を楽しんでいた。一番安上がりのパッケージ・ツァーを利用していた。パリ・ローマ5泊7日で11万円とかいうのを探してきて友人と出かけていたのだ。安い。しかしその値段とトレード・オフされるものがある。季節だ。とても寒いがクリスマスの時期を外した冬とか、海水があふれて不愉快な時期のベネチアだとか、そんな旅行だ。しかしそれはそれで楽しかったらしい。とにかく楽しそうな顔をして帰国していたし、何度もアルバイトで旅行費用がたまると出かけていたから。
そういう具合だったので、どの国に行っても食事のおいしさに感激したことはなかったようだ。彼女の卒業後、出版業界に身を投じ(この世界はあちこち勤務先を変えるのが常態らしい)、ある会社から別の会社に代わるちょっとした空隙と私の国際学会が重なり、くっついてきた。私は学界の期間中一つの都市に釘付けだから、彼女も当然その街に滞在することになる。そしてパッケージ・ツァーではないので、料理などは自分で探すことになる。そして彼女は「この国の料理って本当はおいしかったんだね~」などと感じ入っていた。
フランスにしてもイタリアにしても、世界に誇る食文化の国だ。まずいものが出てくるとは信じがたいのだが、今はパリの街角でもファスト・フードの店があちこちにみられ、安上がりの食生活をしようと思えばいくらでも粗食に持っていける。そういえば、プラハではまだそういったファスト・フードの店が一般的ではなかった(今はどうか知らない)ので、昼飯などを安く上げようと思ったら、パン屋さんでパンを買い、肉屋さんで生ハム(これが安かった)を買い、八百屋さんでレタスを買って、公園のベンチでサンドイッチを作って食べた。一食80円ほどでずいぶん豪勢なランチになった。
学会の旅行も、別にビジネス・クラスなどは使わないし、ホテルはインターネットで前もって予約する(当然値切る)ので高くつくことはない。現地での食事は、期間中一回は贅沢をするということで、ドレスコードの必要なレストランなどに出かけることもある。しかしたいていはガイドブックなどで仕入れた、コスパのいいレストランに行くことになるのだが、これはパッケージツァーで娘が経験したような、エスカルゴざる一杯、といった不愉快なことはない。海外旅行もある程度経験すると、その辺の嗅覚が鋭くなるのか。
言葉については、ヨーロッパ圏だとたいていのところが英語で何とかなるので助かっている。国際学会は、英語で発表が原則(そうでないところには出席できない)だから、それで何とかなるし、第一英語を母国語としていないヨーロッパ諸国で英語を話すと、相手も大抵語学力がこちら他同程度なので、劣等意識に苛まれることもないのだ。もしお金持ちだったら、通訳を雇ったりするのだろうし、庶民の暮らしむきを見て回ることもないだろうから、その国の普通の姿が見えてこない。そういったことに興味がない人はそれでいいかもしれないが、その暮らしむきが面白いのだ。
食べ物にしても、てんこ盛りのエスカルゴといった食べ方を現地の人はしない。食堂でその地方の人たちと同じような食べ物を頼み、同じように食べて見えてくるお国柄というのもあるし、うまく英語でお話しできればそれもまた楽しい。とはいっても、ヨーロッパの人たちはわれわれ日本人よりたくさん食べるので、現地の流儀を取り入れて1週間も生活したら、帰国後しばらくは体重計に乗れないでいるが。
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