適度な運動で認知症が予防できるか?
- 2017/07/19
- 06:01
日経メディカルという医療系SNSに興味深い記事が掲載されていた。従来から適度の運動が認知症を予防するとの観察結果がある一方、認知症がある程度進行すると運動をしなくなるという事実もあるので、因果関係を逆転して観察していたのではないかという疑問から、この観察研究を始めたそうだ。この結果がほかの研究で裏付けられると、我々医療従事者としては喜べない事態になってしまう。少し長いので、端折って内容をご紹介しよう。以下はその内容の部分コピーだ。
「仏INSERMのSeverine Sabia氏らは、35~55歳の人々を平均27年追跡して、中年期の運動量とその後の認知機能の低下や認知症発症リスクに有意な関係は見られなかったと報告した。現在のところ認知症の治癒は叶わないため、予防や進行を遅らせるための介入の標的になる危険因子の探索が、精力的に行われている。観察研究を対象としたメタアナリシスでは、望ましい量の運動が認知機能の低下と認知症発症のリスクを低減することが示唆されている。しかし、運動量を増やす介入研究では、長期的な認知症予防効果は見られなかったものが多い。
そこで著者らは、認知症患者は症状発現前から運動量が減少する特徴がある、という仮説を設定し、それらについて検証するために、ロンドンにオフィスがある英国公務員が参加して現在も継続中のコホート研究「Whitehall II」から、約30年にわたるデータを調べることとした。それらを利用して、運動量とその後の認知機能の変化や認知症発症率の関係を調べ、次に認知症と診断された患者の診断前28年間の運動量を、認知症を発症しなかった人と比較することにした。
Whitehall IIは1985~88年に35~55歳だった参加者を募集し、応募した1万308人(男性6895人、女性3413人)の健康状態を追跡している。参加者は5年ごとに受診して診察を受けた。参加者の運動量の評価は質問票を用いて行い、28年超の間に7回実施した。様々な強度の運動を、どのくらいの頻度でどのくらいの時間実施したかを回答してもらい、運動量を推定した。MET(Metabolic Equivalent)換算で3未満は軽強度の運動とし、3以上は中~高強度として、それらの合計を総運動量とした。中~高強度運動を週に2.5時間以上行っていた場合に「望ましい運動量」と判断した。
認知機能の評価は1997年(参加者の年齢は45~69歳)から2013年(60~84歳)までの間に最大4回行った。記憶力は20個の単語を2秒間隔で提示された後、2分間でできるだけ多くの単語を思い出す方法で評価した。実行能力はAlice Heim4-I テストにより評価した。音素流暢性は「sから始まる単語を書く」といった方法で、意味流暢性は「できるだけ多くの動物の名前を書く」といった方法で評価した。それらの生スコアを平均値0、標準偏差1の分布にzスコア化して、さらにそれらの合計を再標準化して認知機能の全般スコアとした。
認知症の発症者は、2015年3月31日までの医療記録や死亡記録を調べて同定した。共変数として、社会人口学的要因(年齢、性別、人種、配偶者の有無、就労状態と年収、学歴など)、ライフスタイル要因(飲酒、喫煙、食習慣など)、併存疾患などに関する情報を得た。平均値で26.6年の追跡期間中に329人が認知症と診断されており、診断時の年齢は平均75.0歳だった。運動量と認知機能の低下の関係は、1997~99年の1回目の認知機能評価を受けていた7424人を対象に行った。うち、3144人は4回の認知機能検査を完了しており、2168人は3回、1091人は2回、1021人は1回検査を受けていた。
『望ましい運動量』を実施していた参加者としていない参加者を比べても、認知機能の全般スコアに有意な差はなかった。1997~99年から15年間で全般スコアは平均で0.61減少していたが、運動量とスコアの減少に有意な関係は見られなかった。1985~88年の運動量と2015年まで追跡した認知症患者の発症率の関係を調べたが、それらの間にも有意な関係は認められなかった。望ましい運動量を実施していた人をリファレンスにした、実施していない人のハザード比は1.00だった。
認知症を発症した患者とそれ以外の参加者の間で、追跡期間中の1週間あたりの総運動時間、低強度の運動をした時間、中~高強度の運動をした時間を比較すると、診断の9年前から認知症患者の運動時間は減少し始め、認知症と診断されなかった人々との差は、それ以降有意になった。診断の9年前の、両群の中~高強度の運動時間の差は-0.39時間/週で、診断時点ではその差は-1.03時間/週に拡大していた。
これらの結果から著者らは、望ましい運動量を行っている人でも認知機能を保護する効果はなかった。認知症患者では症状が明らかになる前から運動量が低下しているため、運動に認知症リスクを減らす効果があるように見えたことが示唆されたと結論している。原題は「Physical activity, cognitive decline, and risk of dementia: 28 year follow-up of Whitehall II cohort study」、概要はBMJ誌のウェブサイトで閲覧できる。」
フランスは認知症対策が進んだ国で、我が国に認知症患者への介護の優れた方法であるユマニチュードが紹介されている。わが国でも様々な施設で認知症への対処法の研究は進められ、運動負荷時に100から7を順次引いていくなどの計算をさせることで脳血流を増やして認知症への予防効果があると報告され、そうした運動療法が一般的になっている。しかし、この研究はそうした取り組みに冷水をかけるもので、医療現場に無力感をもたらすものではないかと案ぜられる。こういった研究を見ると、「認知症に対して何ができるのか?」という疑問が沸き上がり、何をやっても無駄との気持ちになりかねない。
では明らかになった事実を報告せずに闇に葬った方がよかったのか?そうではあるまい。こうした研究で認知症の発症にどのようなメカニズムが関係しているか、そういったことがひとつづつ明らかになっていって初めて全貌が見えてくる。昔ほぼ絶望的だと思われた癌に対する研究がこのところ急激に進み、この先の展望が見え始めた。あと10年、20年と時間はかかるかもしれないが、認知症についてもいずれ全貌が明らかになり、有効な予防、効果的な対策が見えてくるに違いない。それまで自分が認知症と無縁に生きていけるかどうかは別問題だが。
「仏INSERMのSeverine Sabia氏らは、35~55歳の人々を平均27年追跡して、中年期の運動量とその後の認知機能の低下や認知症発症リスクに有意な関係は見られなかったと報告した。現在のところ認知症の治癒は叶わないため、予防や進行を遅らせるための介入の標的になる危険因子の探索が、精力的に行われている。観察研究を対象としたメタアナリシスでは、望ましい量の運動が認知機能の低下と認知症発症のリスクを低減することが示唆されている。しかし、運動量を増やす介入研究では、長期的な認知症予防効果は見られなかったものが多い。
そこで著者らは、認知症患者は症状発現前から運動量が減少する特徴がある、という仮説を設定し、それらについて検証するために、ロンドンにオフィスがある英国公務員が参加して現在も継続中のコホート研究「Whitehall II」から、約30年にわたるデータを調べることとした。それらを利用して、運動量とその後の認知機能の変化や認知症発症率の関係を調べ、次に認知症と診断された患者の診断前28年間の運動量を、認知症を発症しなかった人と比較することにした。
Whitehall IIは1985~88年に35~55歳だった参加者を募集し、応募した1万308人(男性6895人、女性3413人)の健康状態を追跡している。参加者は5年ごとに受診して診察を受けた。参加者の運動量の評価は質問票を用いて行い、28年超の間に7回実施した。様々な強度の運動を、どのくらいの頻度でどのくらいの時間実施したかを回答してもらい、運動量を推定した。MET(Metabolic Equivalent)換算で3未満は軽強度の運動とし、3以上は中~高強度として、それらの合計を総運動量とした。中~高強度運動を週に2.5時間以上行っていた場合に「望ましい運動量」と判断した。
認知機能の評価は1997年(参加者の年齢は45~69歳)から2013年(60~84歳)までの間に最大4回行った。記憶力は20個の単語を2秒間隔で提示された後、2分間でできるだけ多くの単語を思い出す方法で評価した。実行能力はAlice Heim4-I テストにより評価した。音素流暢性は「sから始まる単語を書く」といった方法で、意味流暢性は「できるだけ多くの動物の名前を書く」といった方法で評価した。それらの生スコアを平均値0、標準偏差1の分布にzスコア化して、さらにそれらの合計を再標準化して認知機能の全般スコアとした。
認知症の発症者は、2015年3月31日までの医療記録や死亡記録を調べて同定した。共変数として、社会人口学的要因(年齢、性別、人種、配偶者の有無、就労状態と年収、学歴など)、ライフスタイル要因(飲酒、喫煙、食習慣など)、併存疾患などに関する情報を得た。平均値で26.6年の追跡期間中に329人が認知症と診断されており、診断時の年齢は平均75.0歳だった。運動量と認知機能の低下の関係は、1997~99年の1回目の認知機能評価を受けていた7424人を対象に行った。うち、3144人は4回の認知機能検査を完了しており、2168人は3回、1091人は2回、1021人は1回検査を受けていた。
『望ましい運動量』を実施していた参加者としていない参加者を比べても、認知機能の全般スコアに有意な差はなかった。1997~99年から15年間で全般スコアは平均で0.61減少していたが、運動量とスコアの減少に有意な関係は見られなかった。1985~88年の運動量と2015年まで追跡した認知症患者の発症率の関係を調べたが、それらの間にも有意な関係は認められなかった。望ましい運動量を実施していた人をリファレンスにした、実施していない人のハザード比は1.00だった。
認知症を発症した患者とそれ以外の参加者の間で、追跡期間中の1週間あたりの総運動時間、低強度の運動をした時間、中~高強度の運動をした時間を比較すると、診断の9年前から認知症患者の運動時間は減少し始め、認知症と診断されなかった人々との差は、それ以降有意になった。診断の9年前の、両群の中~高強度の運動時間の差は-0.39時間/週で、診断時点ではその差は-1.03時間/週に拡大していた。
これらの結果から著者らは、望ましい運動量を行っている人でも認知機能を保護する効果はなかった。認知症患者では症状が明らかになる前から運動量が低下しているため、運動に認知症リスクを減らす効果があるように見えたことが示唆されたと結論している。原題は「Physical activity, cognitive decline, and risk of dementia: 28 year follow-up of Whitehall II cohort study」、概要はBMJ誌のウェブサイトで閲覧できる。」
フランスは認知症対策が進んだ国で、我が国に認知症患者への介護の優れた方法であるユマニチュードが紹介されている。わが国でも様々な施設で認知症への対処法の研究は進められ、運動負荷時に100から7を順次引いていくなどの計算をさせることで脳血流を増やして認知症への予防効果があると報告され、そうした運動療法が一般的になっている。しかし、この研究はそうした取り組みに冷水をかけるもので、医療現場に無力感をもたらすものではないかと案ぜられる。こういった研究を見ると、「認知症に対して何ができるのか?」という疑問が沸き上がり、何をやっても無駄との気持ちになりかねない。
では明らかになった事実を報告せずに闇に葬った方がよかったのか?そうではあるまい。こうした研究で認知症の発症にどのようなメカニズムが関係しているか、そういったことがひとつづつ明らかになっていって初めて全貌が見えてくる。昔ほぼ絶望的だと思われた癌に対する研究がこのところ急激に進み、この先の展望が見え始めた。あと10年、20年と時間はかかるかもしれないが、認知症についてもいずれ全貌が明らかになり、有効な予防、効果的な対策が見えてくるに違いない。それまで自分が認知症と無縁に生きていけるかどうかは別問題だが。
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